11 月 14 日、Apple Store 銀座にて、Evernote 本社でAI(Augmented Intelligence)デザイナーとして働く中島大土ランツがプレゼンテーションを行いました。「シリコンバレーで働く日本人デザイナーが語る、これからのデザインとものづくり」として題したイベントの模様をレポートします。
中島大土ランツは、シアトルに生まれ育ち、シラキュース大学でプロダクトデザインと機械工学を専攻。その後、上智大学に留学し、Apple Store 銀座で Mac Genius として働きました。2008 年からはクパチーノの Apple 本社でデザイナーとして勤務し、iPod のインターフェースデザインなどを担当。「新しい挑戦がしたい」という思いから、2013 年 8 月に Apple を離れて、Evernote に入社しました。
コンピュータは人間のパートナーであるべき
Evernote ではプロダクトデザインを手がけていた中島でしたが、最近になって Evernote で「面白いチャレンジ」ができるようになったといいます。
それは、「A.I.」。日本語でいうと、人工知能です。
「人工知能の生みの親と言われているアラン・チューリングが考案したチューリング・テストという判定テストがあります。簡単にいうと、人間が会話した相手が人間だったのか、それともコンピュータだったのかを当てるというものです。何百人という人数がこのテストを行うのですが、そのうち 30% 以上がコンピュータを人間と思えば(勘違いすれば)“合格” となります。1950 年代にアラン・チューリングが書いた論文に出てくるテストなのですが、4 ヶ月ほど前に初めて “合格” となったコンピュータが登場しました。これはすごいことだとは思いますが、しかし僕は何かが違うのではないかと感じています。コンピュータは人間の代わりにならないといけないのでしょうか?」
そこで中島が例に挙げたのは、かつて IBM のコンピュータとチェスで対戦し、敗れたガルリ・カスパロフ氏の例です。
「2005 年、カスパロフ氏は『アドバンスチェス』という新たなチェスゲームを考案しました。これは人間とコンピュータがひとつのチームになって対戦するというルールで、とても面白いのです。コンピュータは目の前のデータを計算して、もっとも良いと考えた動きを提示します。それをもとにして、人間が判断を下す。このチームワークにより、平均的なプレーヤがコンピュータより強くなることもありますし、場合によっては、世界クラスのプレーヤーよりも強くなる場合さえあります。何が言いたいのかというと、コンピュータは人間の代わりではなく、パートナーであるべきなのです。それこそが、Evernote が目指す A.I.です」
Evernote が考える「A.I.の 3 原則」
人間の代わりではなく、人間ができることの範囲を拡張していくこと。Evernote は A.I.はそのようにあるべきととらえており、A.I = Artificial Intelligence(人工知能)ではなく「Augmented Intelligence(拡張知能)」と表現しています。しかし、一方で A.I.の進化を懸念する声もあると中島は言います。
「『ターミネーターに出てくるスカイネットのように、A.I.が勝手に判断してしまうようになるんじゃないか』といった意見も聞かれます。それもわかります。Evernote はそれも理解していますし、ユーザーのプライバシーがもっとも大事なのだと思っています」
そこで、Evernote は新たに、A.I.の 3 原則を設定しました。
1)A.I.はユーザーの仕事をより良くするものである
2)A.I.の中心はデザインである
3)A.I.はユーザーの利益のためにあり、会社のためではない
ここで注意すべきは、「デザイン」という言葉です。デザインというと一般的にはビジュアルデザインを思い浮かべますが、中島は「デザインとはビジュアルだけでなく、その情報をどういうときに、どうやって、どう見せるかという設計のこと」だと説明します。これは、Evernote が最近発表した「コンテキスト」機能に大きく関わることでもあります。
「コンテキストは、ユーザーのノートの内容に関連するノートや、LinkedIn の人物情報、ニュース記事などを表示する機能です。もしかすると、私たちがユーザーのノートの内容を見ているのかと思うかもしれませんが、それは違います。何について書いているかを分析していることはありませんし、アルゴリズムを改善するためにそれを使ったりすることはありません。」
この部分はまた、原則 3)「A.I.はユーザーの利益のためにあり、会社のためではない」にも通じる部分です。
「シリコンバレーでも、検索エンジン最適化などを始めとして A.I.を使う会社は多いのですが、それは売上アップのためであることが多いのです。僕の中では、それは『悪』です。なぜなら、ユーザーのためになっていないからです」
ここから中島のプレゼンテーションは、デザインと A.I.についてさらに深く掘り下げていくことになります。
「A.I.こそが、デザインの未来である」
「ここ数年でプロダクトデザインはデジタルな世界に変わってきました。しかし、それらデジタルデザインは綺麗にレイアウトされているかもしれませんが、A.I.を使っていないので、ユーザーのことを理解できていないのです」
たとえば携帯電話を考えてみてください、と中島は言います。いつも肌身離さず持ち歩いているものなのに、なぜそれがユーザーを理解していないのか。もっとユーザーのことを理解させて、より良くしていくことが大事なのです。これを、中島は次のような言葉で表現します。
「A.I.こそが、デザインの未来である」
では、どうやって A.I.を用いたデザインをしていけばいいのか。中島はこれに対し、「何をやるとダメなのかを先に考えてみましょう」と言います。
「ダメなのは、何か問題を探して解決しようとすることです。目の前にある問題を解決するのではなく、現在の経験をより良いものにしていくことが大事なのです」
問題やトラブルの有無ではなく、ユーザーエクスペリエンスを向上すること。すなわち、「解決」ではなく「改善」することが大事なのだと、中島は言います。
そして、もう一つの重要な要素が、「トレンドを追うことは必ずしも最良の結果を導くわけではない」ということです。
その中で、中島がデザインの基準としているセオリーは、「デザインはより良い感情を生み出せるものであるべき」というもの。
人間の感情を完璧にコントロールすることは不可能ですが、その中で、良い経験や嬉しい感情を生み出せるようにデザインしていくことが重要なのだと、中島は言います。
「(Evernote CEO の)フィルはよく、“我々はセレンディピティボタンを作りたくない”と言います。コンテキスト機能では、関連するノートや人、ニュース記事などが出てきますが、これはユーザーが“欲しい”と思ってボタンを押したから出てきたのではありません。実際、ユーザーは欲しいと自分が思っていることさえ、自分自身では気づいていないものなのです」
「今、想像できないことを現実にしていくことが、本当のデザイン」
良いデザインを阻害する要素は他にもあります。それは、デザイナーとエンジニアの意思の疎通がとれないこと。デザイナーが考えたものがエンジニアに正しく伝わらず、結果的に良いデザインにならないのです。
その原因として、中島は「デザインのストーリーを正しく伝えられていないから」だと述べます。
たとえば、Photoshop や InDesign などを駆使してデザイナーがデザインを作っても、それは平面的で、実際のプロダクトの動きを伝えられるわけではありません。ここに、ストーリーの欠落が生まれてしまっているのです。
3 年ほど前から、シリコンバレーではこうしたデザイナーとエンジニアの壁を取り払うために、新たなムーブメントが起きていると中島は話します。
それは、プロトタイプを作ること。
「デザインを伝えるためには、動くものを作らないといけません。そのためのツールとして、ORIGAMI や QUARTZ COMPOSER といった新たなツールが出てきました。これらはモーショングラフィックスという手法で、近年はシリコンバレーでも使われています」
最後に中島は、アラン・ケイの「未来を予測する最善の方法は、自らそれを作り出すことである」という言葉を引用して、次のように締めくくりました。
「未来を作っていくためには、どういう経験や感情を表したいのかを考え、それに向かってデザインしていかないといけません。今、想像できないことを現実にしていくことが、本当のデザインです。崖の上から飛び降りても底が見えない場所、それこそが未来なのです」