IT 化が進むにつれて、寺院のあり方にも変化が訪れています。伝統的な方法を大切にしながらも、デジタルや IT を取り入れた新しい波が起きているのです。そうした潮流を先導する僧侶の一人、小路 竜嗣さん。長野県に位置する浄土宗善立寺の副住職でありながら、元機械系のエンジニアというユニークな経歴を持っています。
なぜ寺院の IT 化を進めるのか。テクノロジーは寺院にどのような変革を促すのか。小路さんにお話を伺いました。
氏名:小路 竜嗣(こうじりゅうじ)
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エンジニアから僧侶の道へ
――さっそくですが、小路さんの経歴について教えていただけますか。元機械系のエンジニアということですが、かなり珍しいですよね。
小路:珍しいと思います。もちろん、他の職業から僧侶の道へ入られる方もおられるのですが、私の場合は実家が寺だったというわけでもありませんから。
――どうして僧侶の道を選ばれたのですか?
小路:実は現在、副住職をしている善立寺は妻の実家なんですよ。妻は一人娘だったので、私が婿入りして寺を継ぐことにしました。妻と知り合ったのは学生時代で、そのときは僧侶になるとは全く思っていませんでした。
――なるほど。一度はエンジニアとして就職されたわけですよね。
小路:はい。株式会社リコーのエンジニアとしてしばらく勤務していました。
――就職もして順調だった人生から方向転換した理由は何だったのでしょう。
小路:妻や周囲からもゆくゆくは僧侶に……と言われていたこともありました。実際、もっと年をとってから修行して僧侶になる人もいます。ただ、私の場合は年をとってからだと体力的に心配だったのと、もっとも大きな理由は……惚れた弱み、でしょうか(笑)。
――いい話ですね!(笑) 僧侶になるにはどのような修行をされるのですか?
小路:宗が定める四年制大学で勉強する人が大半です。しかし、私の場合は大学生という歳でもなかったため、二年課程の養成道場に入って修行をしました。この養成道場では、京都や鎌倉の大本山などで僧侶としての必要な素養を徹底的に学びます。たとえば、インド仏教史から宗教法人法に至るまで、仏教にまつわる様々な知識を学びます。また、お経を読んだり木魚や鉦を打ったりといった法要に関する実技も。ちゃんと試験があって、合格しないと次のステップに進めないんですよ。それらを終えた後、2013 年に東京・芝の大本山増上寺にて最後の修行を修めました。
――ちゃんとしたカリキュラムがあるのですね。どんな方が学ばれているのですか?
小路:18 歳から 70 歳を超えた方まで、年齢も経歴も本当に様々です。定年を迎え、次の人生として僧侶になろうという方や、一般の大学に通いながら修行される方もいますね。
僧侶の仕事はアナログとデジタルが共存する
――小路さんもそうやって二年間修行されてから、2014 年 1 月より奥様のご実家である善立寺に副住職として入られたわけですね。寺院の仕事というと、あまりデジタルとは相性がよくないイメージがありますが……。
小路:それが、そうでもないんですよ。私は出家すると同時に Evernote を使い始めたのですが、今では絶対に欠かせないソフトになっています。
――ちなみに使い始めたきっかけは?
小路:docomo のキャンペーンですね。もともと興味はありましたが、一年間無料でプレミアム機能が使えることに惹かれました。
――最初はどのような使い方を?
小路:最初は日常生活の買い物リストのメモなど何気ない使い方をしていたのですが、副住職になってから Evernote を活用する場面が多くなりました。その理由はいくつかあります。まず僧侶って所属する団体が意外と多いのですよ。
――団体といいますと?
小路:たとえば浄土宗の中にも多くの関連団体があります。また、松本地域の寺院関係者が所属する団体、さらに長野県の寺院関係者が所属する団体、若手の僧侶で構成されている青年会もあります。複数の団体に所属していると、お知らせの書類だけでもかなりの量が届きます。こうした紙類はたまってしまう一方ですし、後から必要な情報を探し出そうとするだけで一苦労です。そこで私は ScanSnap iX500 スキャナを導入しました。iX500 を使って、届いた紙類をすべて PDF 化して Evernote に保存しています。Evernote の強力な OCR 機能のおかげで検索性も上がり、ほしい情報がすぐ見つかるようになりました。
――お知らせはメールではなく、書類で届くのですね。
小路:はい。僧侶は 20 代から 80 代まで幅広い世代が活動していますので、全員が確実に使えるやり方となると、手紙かはがき、せいぜい FAX になってしまします。その一方で若手の僧侶はメールで PDF をやりとりしたり LINE を使ったりしています。大企業が用いるようなグループウェアの導入ができれば効率もあがると思いますが、各々の寺院は宗教法人として独立していますので、それも難しいのが現状です。
――手紙やはがきに対して、若手の僧侶からはメールや LINE などデジタルでも連絡が届く、と。
小路:ええ。つまりアナログとデジタルが混在しているのが私たち僧侶の世界です。そうした混沌とした情報を一元化して管理するのに Evernote はぴったりのソフトです。
法要の手順の記録や法話原稿の作成など、あらゆる場面で Evernote が役立つ
――Evernote に入れる情報にはどんなものがあるのでしょうか。
小路:たとえば法要に関する資料を保存しています。準備している最中の写真をスマートフォンで撮って保存したり、法要の進め方や、読むお経の種類、注意点などを一つのノートにまとめています。法要には一年に一度しか行わないものが多いため、それらの情報は「一年間使わないが、一年後には必ず使う」ことになります。こういった忘れてはいけないけれど、長期間使わない情報は、Evernote に入れておくとすごく便利ですね。Evernote であれば写真も音声もテキストも一つのノートにまとめられますから、ファイル形式でフォルダに分類する必要もありません。探すときも法要名で検索すればほしい情報が一つのノートにすべてまとまって出てきます。
――異なる形式のファイルをまとめるのに便利というわけですね。
小路:はい。法話の原稿の作成にも活用しています。まず、法話の原稿を Evernote で作成します。そして、実際に法話を行ったらそれを録音しておき、mp3 ファイルを同じノートに貼り付けておきます。その後、法話を聞き直しながら、分かりにくかった箇所、言葉に詰まった箇所などの改善点をあげ、原稿に反映し、ブラッシュアップします。これも音声ファイルと原稿が一つのノート内にまとまっているからこそ。Evernote を使えば簡単に法話の PDCA 管理ができます。
――法話の PDCA 管理! なかなか耳にしない単語の組み合わせですね(笑)。
小路:一応、元エンジニアですからね(笑)それから原稿といえば、私が企画・デザイン・執筆の全てを行っている寺の広報誌があるのですが、その制作においても Evernote はなくてはならない存在です。対談の音声ファイルとテープ起こしを一つのノートにまとめることはもちろん、コンテキスト機能で出てくる日経新聞の記事が原稿執筆の参考になったりしています。
――日経新聞の記事からインスピレーションを得たり?
小路:はい。たとえばインド仏教について記事を書いていたところ、コンテキスト機能で「インドの仏像展」が開催されることを知り、実際に行きました。京都国立博物館の「仏教東漸展」もコンテキスト機能で知ったものです。私が知らない情報、点と点でしかなかった情報を Evernote がつなげてくれ、充実した記事を制作することができました。
――情報収集にも役立っているのですね。
小路:それ以外ですと、IFTTT を使った連携機能も重宝しています。たとえばスマホで気になるニュースを見つけたら、一旦 Pocket というアプリに送っておき、後からじっくり読みます。そして、これは残しておきたい記事だなと思ったら、Pocket でスターをつけることで Evernote に自動的に飛ぶようにしています。他にも様々なアプリと連携して使っています。IFTTT ではありませんが、カレンダーアプリのジョルテとの連携機能はとても便利ですね。Evernote でノートのリマインダーを設定すると、自動的にジョルテ上の同じ日にも予定が入力され、タップすれば Evernote のノートへ飛んでくれます。予定を管理する際、二度手間にならないので、とても効率がよくなりました。
デジタルデータを今後数百年どう残していくのか。寺院が直面する課題
――かなり使い込んでいただいているので、ノート数もかなりの数になるかと思いますが、どのように管理を?
小路:基本的にまずは何でも Inbox ノートブックに放り込み、後から仕分けをするようにしています。タグについては「p」というものだけ使っています。「p」は「pin」のことで、近々に使うノートにつけておきます。たとえば、今日泊まるホテルの予約、明日の会議資料などに「p」タグを付けています。そうしておくと、「p」タグで検索したときに複数のノートブックを超え、直近で必要な情報だけまとまって出てくるので、探すのがさらに楽になります。その都度検索してもいいのですが、ノート数が多いとどうしてもノイズが混じってきますから。「p」タグはその予定が終了すると外し、必要になればまたつけるなど、ブックマーク的に使っています。p の見た目が旗っぽいのもわかりやすくて気に入っています(笑)。
――シンプルかつわかりやすい整理法ですね。これは真似したくなります。お話を伺うと、アナログなイメージの強かった寺院が実はデジタルとも好相性であることがよくわかりました。
小路:私は、寺院に存在する雑多な事務作業を IT・デジタル化することで、私たち本来の責務である「皆様に仏教を伝える事」により多くの時間を割けるのではないかと考えています。また今後、一般の社会においても必ず問題になるのが「デジタルデータを後世にどう残すのか」ということです。特に私たちのような寺院は何百年という長い歴史があり、これからもさらに何百年と続いていきます。そういう意味では一般社会よりも超長期で物事を考える必要があります。と同時に、それに伴って生じる膨大なデータも超長期の保存が求められます。
――紙もいつかはぼろぼろになるので、デジタル化も考えていかないといけませんよね。しかし、デジタルデータも消える恐れがあります。
小路:まさにそこが私が Evernote を使っている理由です。これだけ多くの IT サービスが生まれては消えていくなかで、8 年間第一線でサービスを続けている Evernote の実績に信頼をおいています。また、Evernote はよく「100 年続くスタートアップ」という話をされますし、今後も「デジタルデータを後世にどう残していくのか」というテーマについて、何か良いブレイクスルーを起こしてくれるのではないかと期待しています。
――ぜひその期待に応えたいですね。ありがとうございました。